梅本ブログ

続 入居申込み・入居できる人はどんな人なんだ

2012.11.23. / Posted by otake

もし、あなたが大切に想う家族(人)が急病を患い、病院に駆け込んだのに

 

「うちでは診れない」

 

と診療拒否されたら、あなたはどう思うだろうか?

 

 

 

 

 

 

もし、あなたがドシャ降りの雨の中、やっとの思いでタクシーをつかまえたのに

 

「あんたは乗せられない」

 

と乗車拒否されたら、あなたはどう思うだろうか?

 

 

 

 

 

 

もし、あなたが行列に並んでまで食べてみたいと思ったラーメン屋で、やっと順番が回ってきたのに

 

「あんたに喰わせるラーメンはない」

 

と店を追い出されたら、あなたはどう思うだろうか?

 

 

 

 

 

 

健康保険に加入(原則)していれば、誰でも、どこでも、診療を受けられるはず・・・なのに。

 

運賃を支払う意思とお金を持ち合わせている一般人であれば、誰でもタクシーに乗車できるはず・・・なのに。

 

ラーメン代を支払う意思とお金を持ち合わせている一般人であれば、誰でもラーメンを食べれるはず・・・なのに。

 

 

 

 

 

 

でも、診療拒否、乗車拒否、入店拒否

 

 

 

 

 

 

どれもが、そうした(せざるを得なかった)理由が、病院にも、タクシー運転手にも、ラーメン店にも

 

あるのかもしれない。

 

でも、どれもがあなたは納得できないだろうし、頭にくるのではないだろうか。

 

診療拒否、乗車拒否であれば、途方にくれることだって考えられる。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

前回書かせていただいたように、法令に基づくところ

 

特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)には

 

 

 

 

 

 

要介護状態にあり、

 

身体上又は精神上著しい障害があるために常時介護を必要とし、

 

かつ居宅においてこれを受けることが困難な方

 

 

 

 

 

 

であれば、誰でも入居申込みする権利がある。

 

そして、その権利の行使を受けとめるのが特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)だ。

 

 

 

 

 

 

また、申込みする方(ご本人・ご家族)にしてみれば、特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)は

 

最後の頼みの綱、駆け込み寺、もつべきところだ。

 

だが、入居したいと思ったとき、入居せざるを得なかったとき、

 

即入居できない(必要なことに応じる必要量が足りない)、

 

この国の特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)の状況に、不安を覚えるし、そのときが来たとき途方に暮れる。

 

必要なときに、必要なものが手に入らないのだから当然だ。

 

 

 

 

 

 

*法令に基づくところ

 

*特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)の社会的使命と役割

 

そして、

 

*権利を行使する方々を取り巻く状態や状況、心情

 

 

 

 

 

 

を踏まえると、特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)である「おたけの郷」は、

 

 

 

 

 

 

要介護状態にあり、

 

身体上又は精神上著しい障害があるために常時介護を必要とし、

 

かつ居宅においてこれを受けることが困難な方

 

 

 

 

 

 

であれば、入居申込みを受け付けるし、当然ながらそうである「おたけの郷」は、

 

「どんな状態の方でも入居する」可能性があるのだ。

 

 

 

 

 

 

そんなこと言ったって、「○○の状態の人はどうするんだ」って思う人がいる。聞いてくる人がいる。

 

それについては、「どうすれば「おたけの郷」に入居できるかを熟考する」が答えだ。

 

 

 

 

 

 

 

要は、どんな状態の方であっても、うち(おたけの郷)に入居し、日常生活を営んでもらうために、

 

自分たちに何ができるのか、何をすればいいのか、何を調整すればいいのかを考え、行動し、

 

覚悟を決めるってことなのだ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

こんなことを聞いてくる人もいる。

 

 

 

 

 

 

「そちらでは、胃ろうの人は何人まで入居できますか?」

 

「そちらでは、認知症の人は何人まで・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・インシュリン注射の必要な人は・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・○○○○の人は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

答えは同じで、「入居できるように熟考します」だ。

 

なので、「何人まで」なんて答えはない。

 

もっと言えば、「何人までなんて・・・・・わからない」のだ。

 

 

 

 

 

 

そんな答えに「いいかげんだ」と言う人がいる。

 

 

 

 

 

 

何がいいかげんなのか。

 

 

 

 

 

 

入居者の方140人の状態に

 

必要な支援量と処置量

 

 

 

 

支援専門職である「介護職員・看護職員」の人数と実践力による

 

提供できる支援量と処置量

 

 

 

 

は、日々変化するのだから、「何人か?」なんて絶対数はないし、固定化できるものではないのだ。

 

 

 

 

 

 

先ず、入居者の方の状態像が常に同じなんてことはあり得ない。

 

当然、必要な支援量と処置量は、増えたり、減ったりする(変化するということ)。

 

 

 

 

 

 

それに相対するときの、提供できる支援量と処置量だって、

 

そのとき、どれほどの量があるかなんていうのはわからない。

 

 

 

 

 

 

何せ、必要な支援量と処置量に対する提供できる支援量と処置量は、職員数が大いに影響するし、

 

職員数によって量が変化するからだ。

 

 

 

 

 

 

でも、同じ人数だからといって、提供できる支援量と処置量が変わらないわけではない。

 

 

 

 

 

 

支援専門職のできること(簡単に言えばスキルであり、実践力)が向上すれば、

 

おのずと、提供できる支援量と処置量も増えるからだ。

 

 

 

 

 

 

だから、事業者(法人)と事業所(施設)は、支援専門職の実践力を上げるために様々な仕掛け

 

(ちなみに施設内研修なんていうのは、その仕掛けのうちのひとつでしかない)

 

をするし、しなければならない。支援専門職個々人も同じだ。

 

 

 

 

 

 

大切なことは、

 

何事(これでいえば「何人」)おいてもそうだが、

 

支援専門職は物事を固定化する(固定化して考える)のではなく、

 

そのとき、そのときの状態に応じることや応じるために専門性を発揮するのが仕事であるということ、

 

応じることを増やすための進化業を常に怠らないということだ。

 

 

 

 

 

 

そうでなければ、

 

 

 

 

 

 

診療拒否、乗車拒否、入店拒否された

 

そのとき、あなたが思ったことを、

 

最後の頼みの綱として入居申込みしてきたご本人やご家族に味あわせることになるのだ。

 

 

 

 

 

 

さらに、専門性を発揮した仕事をせず、

 

ましてや社会的役割・使命がありながら、「熟考」することなく、「拒否」する

 

そんなことを繰り返していて、

 

特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)、支援専門職、もっと言えば介護業界全体に対して、

 

 

 

 

 

 

国民の信頼や信用は得られないだろう。

 

 

 

 

 

 

なのに、介護報酬が安い、給料が安い・・・・・だから介護保険料をもっと払ってほしいは通じない。

 

国民は誰も応じてくれない。

 

 

 

 

 

 

梅本はそう思う。

 

 

 

 

 

 

梅本 聡

 

 

 


 

 

 

 

この場をお借りして・・・・・

 

「おたけの郷」に採用が決定している皆さんへ。

 

これが「おたけの郷」であり、支援専門職 梅本聡の絶対ブレない考えです。 

 

 

 

 


 

 

追記

 

 

指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準

 

(サービス提供困難時の対応)

 

第四条の三

 

 

指定介護老人福祉施設は、入所申込者が入院治療を必要とする場合その他入所申込者に対し

 

自ら適切な便宜を提供することが困難である場合は、適切な病院若しくは診療所又は介護老人保健施設を

 

紹介する等の適切な措置を速やかに講じなければならない。 

 

 

 

 

 

 

前回のブログに僕が書いたとおり、

 

「できない」「応じられない」と言い切れるまで熟考した結果、

 

「どうやってもできないこと・応じられないこと」があると思っています。

 

 

 

 

 

だからこそ「おたけの郷」では、そんなとき、法令にあるとおりの対応を徹底します。

 

駆け込んでくれた方々に、付き添います。

Category : 日誌

入居申込み・入居できる人はどんな人なんだ

2012.11.15. / Posted by otake

まず、「特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)とは何か?」についてです。

 

 

 

 

 

 

特別養護老人ホーム』は、

 

 

 

1963(昭和38)年に公布された「老人福祉法」により制度化された施設です。

 

 

 

そして、2000(平成12)年に「介護保険法」が施行されます。

 

 

 

それにより、老人福祉法上で制度化されていた特別養護老人ホームは、同時に、介護保険法上の

 

 

 

介護老人福祉施設

 

 

 

となりました。

 

 

 

 

 

 

 

なので、おたけの郷が運営する施設は、

 

 

 

老人福祉法に基づく特別養護老人ホームとしての機能(役割)と、

 

 

 

介護保険法に基づく介護老人福祉施設としての機能(役割)を有しているわけです。 

 

 

 


 

 

 

老人福祉法では、「特別養護老人ホーム」をこう定義しています。

 

 

 

老人福祉法 第20条の5

 

特別養護老人ホームは、第11条第1項第2号の措置に係る者又は介護保険法の規定による地域密着型介護

 

老人福祉施設入所者生活介護に係る地域密着型介護サービス費若しくは介護老人福祉施設サービスに係る

 

施設介護サービス費の支給に係る者その他の政令で定める者を入所させ、養護することを目的とする。

 

 

 

簡単に言うと、介護保険制度で「要介護」の判定を受けた方を入所させる施設ですよということです。

 

 

 

 

 

 

そして、老人福祉法では特別養護老人ホームへの入所について、こう明記しています。

 

 

 

老人福祉法 第11条 2

 

65歳以上の者であつて、身体上又は精神上著しい障害があるために常時介護を必要とし、かつ、居宅に

 

おいてこれを受けることが困難なものが、やむを得ない事由により介護保険法に規定する地域密着型介

 

護老人福祉施設又は介護老人福祉施設に入所することが著しく困難であると認めるときは、その者を当

 

該市町村の設置する特別養護老人ホームに入所させ、又は当該市町村以外の者の設置する特別養護老人

 

ホームに入所を委託すること。

 

 

 

 

 

 

 

 

これでわかるのは、老人福祉法上における「特別養護老人ホーム」とは、

 

 

 

 

要介護状態にあり、体上又は精神上著しい障害があるために常時介護を必要とし、かつ、居宅に

 

おいてこれを受けることが困難な方

 

 

 

 

のための施設であり、このような方が利用できるのが「特別養護老人ホーム」ということなのです。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

介護保険法における介護老人福祉施設の入所に関しては、こう明記されています。

 

 

 

指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準 第7条

 

指定介護老人福祉施設は、身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、かつ居宅

 

においてこれを受けることが困難な者に対し、指定介護老人福祉施設サービスを提供するものとする。

 

 

 

 

 

 

指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準 第7条 2

 

指定介護老人福祉施設は、・・・・・・・・・・介護の必要の程度及び家族等の状況を勘案し、指定介

 

護老人福祉施設サービスを受ける必要性が高いと認められる入所申込者を優先的に入所させるよう努め

 

なければならない。

 

 

 

 

 

 

この第7条2については、「指定介護老人福祉施設の入所に関する指針について」が、

 

平成14年8月7日付で厚生労働省老健局計画課長通達で発出されていて、

 

入所に関する指針を作成したり、入所に関する検討のための委員会を設置することなどが求められています。

 

 

 

 

 

 

こういった法令等を踏まえると、介護保険法における「介護老人福祉施設」とは、

 

 

 

 

身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、かつ居宅においてこれを受けること

 

困難な方

 

 

 

のための施設であり、このような方が利用できるのが「介護老人福祉施設」なのです。

 

さらに、申込者の入所の必要性の高さを判断する基準に基づき、入所を判定する委員会において合議により

 

入所を決定することを求められている施設なのです。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

さて、「おたけの郷」ですが、「おたけの郷」はここまでにご紹介した

 

 

 

老人福祉法で制度化されている「特別養護老人ホーム」であり、

 

 

 

介護保険法に基づく「介護老人福祉施設」を運営する施設です。

 

 

 

だからこそ、特別養護老人ホーム、介護老人福祉施設、双方の機能(役割)を担う(護る)、

 

 

 

その機能(役割)を担う(護る)ことを徹底するのが

 

 

 

「おたけの郷」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なので、「特別養護老人ホーム」「介護老人福祉施設」、どちらにも共通している

 

 

 

要介護状態にあり、身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、

 

かつ居宅においてこれを受けることが困難な方

 

 

 

それが、「おたけの郷」に入居申込できる方、入居できる方はどんな人???への答えです。

 

 

 

 

 

 

さらに、一方的な施設の都合で入居する方が決められるのではなく、様々な事情や勘案事項(入居の必要度を

 

判断する基準)を踏まえ、外部委員なども参加した入居判定委員会において合議により入居順位を決定するのが

 

 

 

「おたけの郷」です。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 そんな答えに、「キレイごとだ」と思う人がいるかもしれません。

 

 

 

・・・・・が、「特別養護老人ホーム」「介護老人福祉施設」の看板を掲げるからには、それが他にはない答えであり、

 

 

 

絶対にブレてはいけない答えです。

 

 

 

 

 

 

逆に「キレイごとだ」と思う人に対して言わせてもらうなら、

 

 

 

それが「特別養護老人ホーム」「介護老人福祉施設」の入居(入所)申し込みや、入居できる方の

 

 

 

原理原則であるのに、

 

 

 

「オラが特別養護老人ホーム」「オラが介護老人福祉施設」は、おかしいということです。

 

 

 

 

 

 

さらに、

 

 

 

要介護状態にあり、身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、

 

かつ居宅においてこれを受けることが困難な方

 

 

 

であれば、「特別養護老人ホーム」「介護老人福祉施設」に入居申し込みする

 

 

 

権利

 

 

 

があるということを忘れてはいけないのです。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 その有する権利を行使した方に対し、応じる、応じるために専門性を発揮するのが

 

 

 

僕たち支援専門職なのです。

 

 

 

 

 

 

もちろん「できないこと、応じられないこと」もあります。

 

「どうやってもできないこと、応じられないこと」があると思っています。

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

 

 

 

 「できない」「応じられない」と言い切れるまで

 

 

 

熟考する 

 

 

 

 

 

 

それが支援専門職である梅本であり、

 

 

 

僕が生業を営む「おたけの郷」なのです。

 

 

 

 

 

 

梅本 聡

Category : 日誌

寝たきりの人はどうするんだ

2012.10.08. / Posted by otake

前回の書き込みから だい~ぶ 間が空いてしまった・・・・・が、前回のつづきと言える書き込みだ。

 

 

認知症の状態にある方たちが、調理に勤しんでいる映像を見てもらうとよく言われるのが前回の書き込みにある

 

 

 

 

自立度が高いからできるんだ

 

 

と、もうひとつ

 

 

寝たきりの人はどうするんだ。

 

 

 

 

 

 

このことを語る上で、視点を整理しておきたい。

 

 

調理に勤しんでいるということについてだが、

 

 

 

 

 

①調理という場面や行為は、数多くある「日常生活場面・行為」の中のひとつでしかない

 

 

 

②もっと細かく見れば、調理という場面や調理に勤しむというのは、数多くある「日常生活場面・行為」の中にある

 

 「食にまつわる場面や行為」のひとつでしかない

 

 

 

 

で、その「食にまつわる場面や行為」のほとんどが、

 

③生活の場などと言われ、有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう支援する場である

 

 特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)やグループホーム(認知症対応型共同生活介護)などの

 

 入居型施設において、入居者の方たちから剥ぎ取られていないか

 

 

 

④場面や行為を剥ぎ取られてしまっては、有する能力に応じ自立した日常生活を・・・・・もへったくれもない。

 

 発揮する場面も行為に勤しむ機会すらないのだから。

 

 

 

⑤それもこれもひっくるめて、施設として、支援専門職として求められていることや社会的役割も踏まえ、

 

 入居者の方たちに「与えるだけ」 入居者の方たちを「保護するだけ」で留まっていていいのか?

 

 

 

 

 

この5つの視点から

 

僕は先ず、入居者の方の誰にできて、誰にできないかとかなんて関係なく、

 

調理行為・場面を入居者の方たちから剥ぎ取りたくないのだ。

 

だから、おのずと僕が実践を展開する施設では、食にまつわる場面や行為は剥ぎ取らないとなり、

 

剥ぎ取らないから、調理行為・場面で入居者の方たちに存分に自らが有している機能や能力を発揮してもらうことになる。

 

 

 

自立度が高いからとか、寝たきりの人はとかの前に、

 

調理の場面や行為というものは、生活場面であり、生活行為であること、

 

だからこそ、剥ぎ取っていることに疑問を持ち、剥ぎ取らずに済むにはどうすればいいのか?を考えるべきだ。

 

 

 

余談だが、調理場面や行為が日常生活場面・行為であるからこそ、生活の場と言われる入居型施設で調理場面や行為が

 

イベントになるのはおかしいと僕は思っている。

 

お食事作りデーではなく、当たり前のことに。

 

日常生活場面や行為はごく当たり前に、自分が生きる時間・場面にあるものなのだから。

 

 

 

 


 

 

 

 

さてさて、寝たきりの人はどうするんだということに対してだが、

 

先ずは、調理場面や行為が、 「食にまつわる場面や行為」のひとつでしかないということだ。

 

 

 

人の「食にまつわる場面や行為」はどこから始まるだろうか・・・・・。

 

 

 

 

それは

 

「腹減ったなぁ」

 

からではないだろうか。

 

 

 

 

人は、空腹を感じること(空腹感)からはじまり、

 

空腹を満たすもの(食べたいもの)を想起し、

 

食べたいものを手に入れる手段を考え、行動に移し、

 

その後に調理場面や行為が登場してくる。

 

調理場面や行為の前に書いたことだって、かなりザックリ。もっと細かく見れば、たくさんの場面や行為が出てくる。

 

場面や行為があるってことは、人はその場面や行為で有する能力(身体機能や知的能力など)を使っているはずなので、

 

おのずと場面や行為がたくさんになれば、多くの機能や能力を駆使する(している)ことになる。

 

 

 

 

ちょっと話しが横道に逸れてしまった・・・・・かな。

 

 

 

 

つまり、調理場面や行為で有する能力を発揮することが難しいのであれば、どこの「食にまつわる場面・行為」で

 

その人は、自らの力を発揮できるのか?を見つけ出し、出来うる限り、その力が維持できるようにしていくことや

 

すでに有している機能や能力ばかりでなく、取り戻しの可能性を見つけ出し、その力を取り戻すことができるようにしていくこと

 

が大切なのだ。

 

 

 

 

何はともあれ、生活の場と言われる入居型施設における「食にまつわる場面・行為」が、

 

食べる場面や行為だけで留まっていることに疑問を持てるのかが、スタート地点となる。

 

 

 

 


 

 

 

 

そして、寝たきりの人はどうするんだという声に対して、もうひとつ言えるのが、

 

繰り返しになるが、調理行為や場面が含まれる「食にまつわる場面・行為」が、

 

数多くなる「日常生活場面・行為」のひとつに過ぎないということだ。

 

 

 

 

だから、僕にしたら「調理行為や場面」というものは、入居者の方たちから剥ぎ取ることはしないが、こだわりはない。

 

実践を展開していく上で、それしかないだとか、それのみが大事なんていう思いもない。

 

何せ、数多くなる「日常生活場面・行為」のひとつでしかないのだから。

 

 

 

 

どの日常生活場面であれば、どんな日常生活行為であれば、その人は自分の力を使うことができるのか?

 

僕が徹底するのは、そこだ。

 

 

 

 

それは毎日何度も訪れる排せつの場面や行為かもしれない。

 

あらゆる場面に登場する移動や立ち上がりの行為かもしれない。

 

起きるときや寝るときに、必ず行う生活行為かもしれない。

 

風呂に入るときかもしれない。

 

その人が意思表示することや人とコミュニケーションを図ることかもしれない。

 

手を握る・握り返す、指一本を動かす、まばたきをすることかもしれない。

 

 

 

 

だから僕は、「自立度が高いからできるんだ」とか「寝たきりの人はどうするんだ」という考えも疑問も浮かばない。

 

 

 

 

僕たちが仕事をしていく上で大事にすべきこと、絶対にブレてはいけないことは、

 

有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう支援する

 

ということと

 

 

 

 

人はそれぞれ違う

 

ということ。

 

 

 

 

故に、人はそれぞれであり、それぞれであるからこそ、

 

 

 

 

その人の

 

有する能力応じ自立した日常生活を営む 姿 があるのだ。

 

 

 

 

支援専門職である僕たちは

 

 

 

一人ひとりの姿を描くことを忘れてはいけない。 

 

 

 

 

 

梅本 聡

 

 

 

Category : 日誌

自立度が高いからできるんだ

2012.08.15. / Posted by otake

「梅本さん、ぜひうちの母の姿を色々なところで、色々な人たちに見せてやって下さい」

 

 

以前勤めていたグループホームを辞めさせていただくとき、僕にそう声をかけてくれたご家族がいました。そして、そのご家族はこうも言ってくれました。

 

 

 

「母が認知症と診断されたころ、世間は認知症に対してとても冷たかった。偏見や誤解もたくさんありました。なにせ息子である私自身も誤解していることがたくさんありましたからねぇ(苦笑)」

 

 

「そのころから比べれば、今では偏見や誤解もずいぶんと減りましたし、認知症のことが正しく知られているなとも感じます。でもね・・・・・・・・・・」

 

 

 

「まだまだですよ梅本さん」

 

 

 

「病気のことが正しく理解されることも大切だけど、病気のことだけじゃなくて、認知症になってもうちの母みたいに元気に暮らせる、いろんなことが自分でできる・頑張れるってことは知られてない。そのために、ここの職員さんたちのようなプロがいることもあまり知られていない。私だって、ご飯を食べさせて、お風呂に入れて、オムツを換えて・・・・・ってことをしたり、ゲームをやったり、楽しいイベントをやったりするのが介護やお年寄りが入る施設ってものだと思ってましたから」

 

 

 

「だから母の姿を見た人たちが、知ってくれたり、変わってくれたら嬉しいんですよ」

 

 

「認知症になっても、こんな風に生きられるっ・・・・・てね(笑顔)」

 

 

「それに、自分のことが自分でできるように頑張ってくれるプロ(支援専門職)の人や、ここのような施設がもっとたくさんできて欲しいですしね(笑顔)」

 

 

 

 

 

本当なら、「最期まで僕に任せてください」

 

 

と約束していた梅本が、「世の中の介護を変えたい」

 

 

「そのためには、ここのような実践をあそこでも、ここでもできる。それが当たり前っていうようにしていきたい」

 

 

というワガママから、「だから、活動の場を別の場所にしたい」と言ったことに対し、

 

 

「約束が違うじゃないか」と言われ、怒られてもしょうがないところをこんな風に語りかけてもらい、さらに、

 

 

「だから梅本さん、今までやってきた介護を別の場所でも頑張って、日本全国いろんなところで梅本さんとここの職員さんたちがやってきた介護を伝えて下さい」

 

 

という言葉をかけてもらいました。

 

 

それは、他の大多数のご家族も同じで、その言葉とともに

 

 

「そのためなら、遠慮なく映像を使っていいですよ」と言っていただけました。

 

 

 

 

だから僕は、

 

 

認知症対応型共同生活介護(グループホーム)に入居し、

 

 

日常生活を送るうえで欠かすことのできない様々な生活行為を

 

 

 

 

 

 

 

自分で頑張り、

 

 

 

 

 

 

入居者の方同士、入居者の方と職員とで助け合って頑張る

 

 

認知症の状態にある人たちの姿を

 

 

講師として呼んでいただいた研修会などで語ります。そして、

 

 

「遠慮なくうちの母(父)の写真を使ってください。そして変えてください」

 

 

と、ご家族が言ってくれた映像(写真をスライドショーにしたもの)を研修に来てくれた方々に見てもらいます。

 

 

 


 

 

 

話しは変わり・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

その映像を見た方々から、いろんな声をいただく。

 

 

以前、おはよう21(中央法規出版)の連載でも書かせていただいたが、そんないろんな声の中で特によくいただく声が

 

 

 

『自立度が高いからできるんだ』

 

 

 

という声。

 

 

 

僕には、何をもって自立度が高いというのかはわからない。

 

 

ただ、入居者の方たちの姿を映像で見てもらうと、

 

 

「認知症の状態にあるとは思えない」

 

 

と言う人が多いので、その人にとっては

 

 

認知症の状態=色々なことができない状態であり、だから自立度が高い入居者の方たちに見えるのかもしれない。

 

 

 

 


ただそう見えるということは、

 

 

今までできていたことができなくなった・わかることがわからなくなった

  

 

さらに、認知症の状態によるトンチンカンさもある人たちが、

  

 

おたけの郷の「運営目標」でもある

 

 

どんな障がいがあっても、可能な限り自分に必要な生活行為は自分でできるよう支援し、

 

 

入居者の方たちに『活きて、生きる姿』を取り戻す

 

 

 

(( おたけの郷の運営目標などの詳しい記事はこちら → http://otakenosato.jp/management.php ))

 

 

 

ってことに近づいたってことであり、その姿に近づいたってことは、成果のわかりにくい「支援」という仕事において

 

 

「俺たち(職員)頑張ったなぁ」と言えるものなのだ。

 

  

何せ入居者の方たちのその姿の裏には、支援専門職(職員)が黒子となって、自分が持っている専門性を発揮し、

 

  

素人にはできない仕事をしてきたという事実があるからだ。

 

 

 

 

 

 

 


また、

 

  

『自立度が高いからできるんだ』

 

  

という発言に対して僕が思うのは、この業界では、その人自身にできることがまだまだあっても、

 

  

入居者だから、高齢だから、認知症の状態だから、寝たきりの状態だから

 

などという理由で、誰でもかれでも管理統制した生活を送らせ、

 

 

できることを取り上げる・できることの可能性を探すこともない

  

 

一方的にしてあげる施設や専門職が多くないだろうか・・・・・ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

「自立度が高いから・・・・・・・・・・・」

 

  

と足踏みしている前に、やれることがあるはずだし(それを探すことから始めるってことはできる)、

  

 

そもそも、あなたが思う「自立」ってものを存分に発揮できる状態にあるにもかかわらず

 

 

 あなたに出会った最初から発揮させることなく、衰退させてしまうのは

 

 

 

 

 

 

「おかしい」

 

 

 

 

 

 

と僕は思うのだ。

 

 

 

 

 

梅本 聡

 

 

 

 

[photo協力:梅本が以前勤めていたグループホームで同じ時間を過ごさせていただいた入居者の方々]

 

 

 

 

 

 

Category : 日誌

積み上げ

2012.07.04. / Posted by otake

こうだったのが・・・・・

【撮影/2011(平成23)年10月12日】

 

 

こうなり・・・・・

【撮影/2012(平成24)年3月13日】  1階躯体

 

 

 

そして、こうなり・・・・・

【撮影/2012(平成24)年3月27日】  2階躯体

 

 

さくら 咲く

【撮影/2012(平成24)年4月10日】

 

季節には、こうなり・・・・・

【撮影/2012(平成24)年4月10日】  3階躯体

 

 

さくらが散った頃には、こうなり・・・・・

【撮影/2012(平成24)年4月24日】  4階躯体

 

 

梅雨が始った頃には、こうなって・・・・・

【撮影/2012(平成24)年6月18日】  5階躯体

 

 

梅雨の晴れ間にはこうだったのが・・・・・

【撮影/2012(平成24)年6月26日】  地上躯体、間もなく完了

 

 

【撮影/2012(平成24)年7月2日】  こうなりました。

 

数え切れないほどの職人さんたち

竹中・株木建設共同企業体のみなさん

類設計室のみなさん

 

他にもたくさんの人(専門職=プロ)たちが、『おたけの郷(建物)を造り上げる』という共通項の目標(めざす姿)に向かって、ここまで積み上げてきてくれた。

 

 

 

僕たちの仕事も同じだ(で、なければいけない)。

 

 

支援の専門職(プロ)として、

 

入居者(利用者)の方たちに「どんな姿で生きてほしいか」という「めざす姿」をしっかりと描き、

 

その「めざす姿」を、その人(入居者・利用者の方たち)につながっている全ての専門職(プロ)の共通項として、

 

共通項としたら、各々が自分が担うパフォーマンス(仕事)を全力で行う。

 

 

 

そんな自分が担う、全力で行うパフォーマンス(仕事)で大切なのは、パフォーマンス(仕事)を地道に積み上げていくこと。

イベントではないから、そこに派手さや華やかさはない。本当に地道で地味だ。

でも、その日々の地道な積み上げがあるからこそ、入居者(利用者)の方たちに「めざす姿」を取り戻し、維持することができるのだ。

 

 

 

1年前に歩けていた○○さんが、1年後も歩いている。

 

その姿は、

「よくやったなぁ」  「頑張ったなぁ」

そう言っていい、支援の専門職(プロ)たちが、プロのパフォーマンス(仕事)を積み上げた「めざす姿成果)」であり、

僕たち支援専門職(プロ)のプロたる所以。・・・・・・・・・・じゃなきゃいけない。

 

 

そこをどこかに置き忘れ

「楽しく」

「笑って」

「癒して」

「穏やかに」

などなど

 

ばかりを追いかけ(そこにしか目が向いていない)、イベント・余暇活動・療法etcにばかり(それだけ)一生懸命では、支援の専門職(プロ)としての、プロたる所以を放棄してしまっている。・・・・・・・・・・ことにもなると。

 

 

たくさんの人(専門職=プロ)たちの積み上げによって、日々完成に近づいていくおたけの郷(建物)を見ていると、そう思うのだ。

 

 

梅本 聡

Category : 日誌

追求と挑み

2012.07.03. / Posted by otake

「どうして特養なんですか?」

 

 

 

この業界に入って18年。

前職は、10年半、認知症対応型共同生活介護事業所(以下「グループホーム」)のホーム長。

 

そんな僕が次に生業の場として選んだのは、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)(以下「特養」)でした。

 

 

 

そんな中、その事実を知った人たち(梅本を知る人たち)からよく言われたのが、「どうして特養なんですか?」。

他には「どうしてグループホームじゃなくて、特養なんですか?」とか、中には「梅本さんが特養って・・・・・何だかガッカリです」なんていう、「おいおい」と言いたくなるようなコメントを投げかけられたこともあります。

 

 

 

この人たちは、僕が以前働いていたグループホームで、「タイムスケジュールなし」「出来る限り自分でできることは自分で頑張る」「食の支援は、みんなでメニューを決めて、買い物に行き、自分たちで作り、そして食べる」・・・・なんていう支援を実践していたことを知っている人たちで、だから「なぜ特養で働くことにしたんだ?」と疑問に思ったようです。

 

 

 

何せ、その疑問の背景には、「特養では、そんな支援は無理でしょ」ってことがあるから・・・・・。

 

そう思うのも、無理はないのかもしれません。

 

 

 

まず、特養とグループホームでは、同じ入居型施設でありながら、(最低)人員配置基準が違います。

 

 

 

【グループホーム】

日中の時間帯

入居者:介護従業者=3:1以上の比率で配置

 

 

 となっていて、しかも “毎日” この3:1以上の比率で介護従業者を配置しなければいけない「実配置人員換算」になっています。

 

 

対して、

 

 

【特養】

日中の時間帯と夜間・深夜の時間帯を含めて

入居者:介護職員・看護職員=3:1以上の比率で配置

 

 

となっています。

 

 

特養では、グループホームのように毎日3:1以上の職員を配置するという決まりではなく、雇用している介護職員・看護職員の総数が入居者数に対して3:1となればいい「常勤配置換算」。

 

すなわち、月平均で3:1以上の比率になる介護職員・看護職員を配置していればいいので、日中、何人の職員を配置するかは、その施設の考え方で決めていい仕組みなのです。

 

 

 

職員の配置数は、イコール入居者の行動を保障する数に結びつくので、この人員配置基準の違いは大きい。

 

 

 

また特養は、グループホームよりも歩んできた歴史が長い分、運営を行っていく上で遵守すべき法令が介護保険法、社会福祉法、老人福祉法と多くある上に、そこに消防関係や介護保険法(運営基準等)とのすり合わせが十分できていないと感じる食品衛生に関する法令などの関係法令もたくさん絡み合ってくるので、法でがんじがらめの感があります。

 

 

さらに歴史が長い分、行政が制度や指導等で歪ませている部分が多くあるとも言えます。

 

 

それに対しグループホームは後発であることもあって、法のがんじがらめ感や行政の指導等による歪みも少ない分、「できることの幅」が大きいと感じます(グループホームに身を置いていたからこそ、そう感じます)。

 

 

また、施設は収容の場から住居化へという流れから、できる限り人が当たり前に送る実生活からかけ離れないような設備、自立型・自炊型の環境が整備されている点、個人への支援(個別ケア)がしやすい形態であるという利点もグループホームにはあります(この利点はユニット型特養も同じ)。

 

 

 

なので、グループホームだからできることがあるのは事実で、裏を返せば「特養では難しいこと(無理?)」であるとも言えるのです。

 

 

 

が、しかし・・・・・なんです。

 

 

 

さまざまな制約や不利な条件が多いかもしれない特養でも、掃除や洗濯などの生活行為を入居者の方たちが行ったり、食事

は無理でも飲み物は自分で選べたり(選べるように選択肢を用意する)、30分でもいいから食事の時間に幅を持たせ、食べる

時間の選択権を入居者の方たちに提供するなんてことも「特養でもできること」ではないでしょうか。

 

 

ユニット型特養であればこのほかに、ユニット単位での生活の組み立てが可能です。また、人が当たり前に送る実生活を実

現しやすい環境を持っていますから、自分に必要な日常生活行為は自分で行える可能性も秘めています。

 

 

さらに、ユニットは他人同士が一緒に生活を営む共同生活住居だという発想を持てば、入居者の方同士の助け合いや職員が

入居者の方の力を借りるなど、互いに助け合うこともできる。これも「ユニット型特養でできること」だと思います。

 

 

だからこそ、ユニット型特養であることが、入居者の方一人ひとりへのかかわりを増やすために規模を小さくしたというレベ

に留まっていたり、そのことがユニットケアを実践する目標であっては、結局のところ入居者の方たちは受動的な生活にな

のではないでしょうか。 

 

 

 

「特養では無理」という考えが生まれてしまう背景が理解できるからこそ、大切なのは「そこに暮らす人たちに、どんな姿で

生きてほしいか」という、支援専門職としての「めざす姿」をしっかりと描き、その描きをそこで働く人たちの共通項とし

て、その描きの実現に向けて、自分たちに「今できること」「これからできることの可能性」を常に探ること。

探り当てたものに、挑むこと」が大切なのだと僕は思います。

 

 

 

「めざす姿」の追求ってやつです。

 

 

 

それは、特養でもできます。できると信じています。

もうすでに頑張っている特養もあります。僕はそんな特養を、そんな仲間を知っています。

 

 

だから、僕も「めざす姿」を追求します。挑みます。

その追求と挑みの歩みが、たとえ牛歩のごとくであっても・・・・・。

 

梅本 聡

Category : 日誌
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